休日をとことん積極的に過ごす。それこそヘトヘトになるくらい(笑)
コンサートの時間は最高。体中の細胞がリラックスしてくるから
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| 撮影/清水伸充 |
21世紀の幕開けは超多忙な日々で始まった
「毎年思うんですよね、今年こそゆっくりしようって。コンサートの回数を減らして、もっとのんびりしよう、と決心するんです」と加藤さん。
しかし実際のところは、映画の撮影があり、また、国連環境計画(UNEP)の親善大使としてアフリカに出かけるなど、加藤さんにとっての21世紀の幕開けは、全力疾走で始まった。
「コンサートとかレコーディングとか講演や取材など、スケジュールの空いている日がどんどん埋まっていくんです。そこには文章を書いたり曲を作る時間は含まれていない。休日にやることになるんです。ひとりでカンヅメ状態で家で仕事をしていると、普通は、ああ、せっかくの日曜なのに、って思いますよね。私は密かに“恐怖の休日”って呼んでるんですけど」
と笑う。忙しいことが決して苦痛にはなっていないようだ。というのも、加藤さんはどうやら休みは苦手らしい。
「2日休んでいいよ、なんてことになると、仕事の旅から帰ってきた次の日に海外に遊びに行っちゃう。休日に積極的に取り組む傾向があって、ヘトヘトになっちゃうんです。いずれいずれもう少しゆっくり休日を楽しむようになりたいけれど、今のところ破綻をきたさずにやっています(笑)」
忙しさがまた、加藤さんの原動力になっているのだ。
徹夜明けでコンサートは力が入らずとてもいい雰囲気に
2001年に撮影した映画のときも、本当に大変だったそうだ。 「待っている時間がすごく多くて。私は慣れていないからびっくりしちゃったんだけど。それにスケジュールもすごくて、久しぶりに24時間働きました」
朝5時に起きて7時にスタジオ入り。8時ぐらいから撮影が始まりそのまま徹夜になって、次の日の朝7時に帰ってきたという。寝たのは午前8時。しかもその日はコンサートがあり、11時には起きて列車に飛び乗り、ステージに立ったそうだ。その体力と気力には目を見張るものがある。 「自分でもどうしてこんなに元気なのか、訳がわからない(笑)。けれども力まなくて、とてもいいコンサートができたんですよ。そう考えるとときどきは徹夜もいいかもね」と加藤さんは言う。
仕事を終えた達成感が自分を回復させてくれる
このように休日も忙しく、ときには徹夜もする。となると一体、加藤さんは、いつ、どのように心を休めているのだろうか?
「私が一番リラックスするときは歌っているとき。最高のリラクゼーションはコンサートなんです」
歌を歌うためには、体中の細胞が一番リラックスした状態にあるのがベスト。ある種の緊張感を感じながらリラックスするというのが歌を歌う醍醐味だと言うのだ。
加藤さんはシリーズ10枚目となるアルバムを、南アフリカで現地のアーティスト共に、セルフ・プロデュースでレコーディングした。
「アルバムづくりでは、出会った瞬間に知らない者同士で作り始めるのね。今回出会った人たちは、安心して身をゆだねることができた。歌うことの開放感を味わうことができて、それが最近のコンサートの空気につながっているのだと思いますけど」
こうしたひとつの仕事が終了することの達成感、仕事から得る達成感が自分を回復させて、それが新たな活力へとつながっていくのだと言う。
20代の頃のような夜遊びをするのが今の課題
今、加藤さんはリラックスすることで自分を開放し、ベストコンディションでコンサートに臨むスタイルを身につけている。自分をまっすぐに出した方が、いい結果になるからだ。
「けれど20代の頃は決してそうではなかった。こんな歌を書いていてはダメだと自問自答したり、書きたくないものを要求されているような気がしたり・・・。自分のやりたいものを押し出していくために努力しなければならない部分がすごく大きかったような気がします」
“私のやりたいようにやらせてよ”と言い続けていた20代。仕事に対して自分自身に満足がいかず、また、うまくやれるのか常に不安があったと言う。
「歌うことにプレッシャーがあったんです。だからその分、あの頃のオフの時間はすごかったですよ。夜は寝なかった。全力投球でオフを過ごした(笑)。もう飲めや歌えの大騒ぎで。そうやって飲んでいると“おまえの歌は商業主義だ、俺の歌を聴け!”と言って挑んでくる人がいたりするわけですよ。それを押し返して、“自分の本当の歌を見つけなきゃ”と考えているような、そんなオフでしたね」
20代の頃は、仕事は勝負の場。オフの時間が生き甲斐だったと語る加藤さん。
「結婚してからは夜遊びがなくなり、50代を過ぎて3人の娘が自立した今、いかにして20代のような夜を過ごせるか、というのが私の課題なんです」
娘さんと一緒にクラブに遊びに行くこともあると言う。最近の夜遊びの場は、いろんな年代が入り乱れて遊べる場が少なくて、徹底的に若い人しかいない場所が多いと加藤さんは嘆く。しかし、
「躊躇していたら面白い遊びができないだろうから」
と積極的に出かけていくと言う。オフタイムもアグレッシブに過ごすことは加藤さんの信条でもあるようだ。
だけど、まだまだ達人の域に達していないと言う。何かを達成したな、自分らしく過ごせたなと感じるまでには至っていない。
「鬱々とならずに充実感を味わえるような、そんな休日の過ごし方を見つけていきたいと思います。60歳を過ぎたら少しずつ、と思っているんですけど・・・」
雑念を払って筆を下ろす書は緊迫した瞬間が楽しい
歌以外の分野で、加藤さんが「自分らしさ」を大切にしているものとして、書や陶芸の世界がある。 「陶芸の方は、今、忙しくて時間がない。書のほうは展覧会が続いているものですから、スケジュールの空いている日に書いています」
どう書こうかとか、うまく書こうというものから自分を振り払って勢いよく筆を下ろす。
「筆にたっぷりと墨を含ませて、分厚い紙にパン!と書いていくんです。緊迫した瞬間の中、雑念を払った開放感がある。自分をいかに空白の中に持っていけるか?そういうことが面白くて」
なるほど、加藤さんの書には、伸び伸びとした躍動感がある。“心の遊び”を楽しむことで、まっすぐな自分が出ているのだ。
苦手だと思ったらダメ。楽しむことから始める
そしてもうひとつ、今、加藤さんが関心を寄せていることがある。
それはボートレース。加藤さんは大学時代、ボート部に所属。当時はレースに出るまでには至らなかったそうだ。
「ところが先日、ボート部の何十周年の記念の大会があって、見に行ったんですね。OBのレースも盛んで、60代、70代とクラスに分かれていて、80代のレースまである。その80代のレースに参加した人たちが素敵なんですよ。真っ白なウエアを着て、頭に鉢巻きをして悠々自適で漕いでいるそのかっこ良さを見て、私もやりたい、と。さっそく去年、レースに参加して1レースは勝ったんですよ」とうれしそう。ボートは膝の屈伸と呼吸が大切。重力がかからないため、膝への負担も少なくて、歌い続けるためにも、呼吸法を鍛えることはいいことだ、と言う。
「老後の楽しみは、ボートにしようと思っているんです(笑)」
かつて幼い頃は、音楽も字を書くのも、スポーツも苦手だったという加藤さん。
「下手だからダメなんだと思っていたんだけど、違うんですね。難しいと考えてはいけないんです。ああ、ラクだなぁ、って思ったときに初めてたどり着ける気がする。大切なのは楽しむこと。大人になってからひとつずつ楽しめるようになった気がしますよ」
きちんと遊びの感覚を知っていること。生きていくことを美しく、考えること。
そういうものを忘れずに年を重ねていけるかが、これからのテーマだ、と語る。
加藤登紀子 Tokiko Kato
1943年旧満州ハルビン生まれ。1965年、東京大学在学中に歌手デビュー。71年「知床旅情」で日本レコード大賞歌唱賞を受賞。88年には米カーネギーホールで公演、92年フランスより芸術文化勲章「シュバリエ」を受ける。2000年にアルバム『TOKIKO SKY蒼空』を発表。歌手活動のほか、書や陶芸、女優としても活躍し、篠原監督の『木曜組曲』(2001年)にも出演。また97年にはWWF評議員に就任、2000年には国連環境計画(UNEP)の日本人初の親善大使に任命され、環境問題にも積極的に取り組んでいる。04年11月には、アルバム「今があしたと出逢う時」、シングル「絆 ki・zu・na」を同時発売。 |
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