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桃井かおりさん  (Stage Style 2002年 6月号)

長生きしたい――無邪気な少女のような言葉の裏に、
自らの生と死を真撃に見つめた一人の女優がいました。


桃井かおりさん

美味しいものを探し求める
“野生の生き物”なの

あるうららかな春の日の昼下がり、東京・新宿のホテルの一室に、桃井かおりさんは颯爽と現れた。ぴんと伸びた背筋、艶やかな肌は、あとひと月足らずで50歳になるという年齢をまったくといっていいほど感じさせない。

「50を迎えるにあたっての特別な感慨?そんなものなんてないのよ。っていうのもね、あたしにとって年を取るってことは、みんなが考えてるより数段良かったから。そう、だってあたしの40代は最高だったのよ」

悪戯っぽく笑って、桃井さんは煙草に火を点けた。最高の40代だった――そう豪語してやまない理由を、「異性にもてて、お金があって、仕事もあるから」と、例のアンニュイな調子で、嫌味もなくさらりと言ってのけるあたりは、さすがだ。20代、30代の多くの女性たちが、憧れの同性として彼女の名を挙げるのも頷ける。

この1、2年は、桃井さんにとって、あまりに多忙な日々だった。連続ドラマでは、出演はもちろんのこと、脚本、演出まで手がけるなど、生活のすべてが仕事を中心にまわっていた。国内外を飛びまわり、ほとんど寝ずに早朝から深夜まで働くことも珍しくなかったという。ところが、残念なことに、桃井さんを興奮させるような新しい発見や出会いはなかった。

「シナリオを書くことも演出することも『自分でもやれるだろうな』と思っていたことを実証しただけだったのね。下絵に色を塗ったくらいのことだったのよ。すっごく才能のある若い奴なんかと出会って、はしゃげたら面白かったんだろうけど、みんなすごく大人で老けていたんだよねぇ(笑)。探してはみたけど、新しい食べ物がなかったって感じかなぁ」

自らを“美味しいものを求めて放浪したがる野生の生き物”と評する桃井さんらしい発言である。「だから、今年は連続ドラマはやらない」と、断言する。しかし、4月のジャズライブを皮切りに、8月にはイッセー尾形さんとの二人芝居やパフォーマンス、10月にはそのロンドン公演など、その精力的な仕事ぶりは変わらない。

「今年やろうとしていることには、『自分が優れていないと作れない』とか、『英語圏で演じなければならない』とか、いってみれば試練みたいな要素があるわけ。ここ1、2年は本当によく働いたから、今年はあたしにくださいって感じかなぁ(笑)」

そこには、ストイックなまでに自分を磨こうとする桃井かおりという女優がいた。彼女は一体いつまで、そしてどこまで自分を高めようというのか。

生き物として優れていないと
バチが当たるでしょ?

桃井かおりさん

「だって、あたしはみんなよりずるいじゃない? 仕事では帳簿を付けたりもしないし、つまらない人にお茶を入れたりもしていない。まして家庭をもって“お母さん”や“人の妻”もしてない。それでいて、みんなが1年間頑張って貰うようなお金をドンと貰ったりするわけでしょ?

 どこにも所属することなく、付属をもつことなく自由に生きてきたから、私はずるい。桃井さんはそう繰り返した。そして、まるで自分に言い聞かせるかのようにこう付け加えた。「怒られても仕方ないと思ってるよ。うん、それはすごく思ってる」

 だからこそ、“生き物”としてどこか優れていないとバチが当たる。桃井さんは本気でそう考えている。自分を活性化させ、毎日をいきいき生きることは、桃井かおりの最低限の義務なのだ、と。
「“時間を食べて映る”ことが、あたしの考える面白い役者の成り立ち方なのよ。映ることが仕事のあたしが、いきいきと時間を生きていないと、主人公にはなりにくいでしょ」

 だから、そのためには自分の体や心をいつも揺さぶっておくしか方法はない。安心したり、立ち止まったときは、人間としての成長はおろか、役者としての生命さえも終わりなのだと、桃井さんはきっぱり言った。

120歳まで長生きして、
“生き崩したい”の

実はこのインタビューの数日前、桃井さんは某バラエティ番組に出演し、「最近、長生きしたいって思うのね。あたしの場合、120歳までは生きると思うの」と大まじめに語って、観客の笑いを誘っていた。お得意の桃井流ジョークとは思ったものの、その発言の意図が気になり、聞いてみた。

桃井かおりさん

「平均寿命で84.6歳ってことは、あたしたちの世代は90歳くらいまでは生きるわよ。あたしの場合、普通の人よりは生きると思うから、120歳くらいまではいくと思うのよね(笑)」

ブラウン管を通して聞いた台詞とまったく同じである。しかし、話が進むにつれ、「長生きしたい」というこの言葉の裏に、桃井さんはいくつもの死に直面し、同時に自らの生と死にも真摯に向き合ってきたことを知る。

「『短いよりは長いほうがいい』っていう定義が、世の中には絶対あると思うのよ。たとえば着物は、毎日着ているだけで着られるようになる。10年より20年着ているほうが“着こなせる”でしょ。さらに続けると、“着崩す”ことができるようになる。“生き崩す”っていう言葉を見つけたときは、あたし、生き崩すまで生きなくちゃいけない、生きようって思ったの」

短いより長いほうがいい。長生きしたい。桃井さんがそう考えるようになったきっかけは、松田優作さんをはじめとする、親しい友人たちの死だった。

「死んで年を取れなくなる、体を使えなくなることが、あたしたち役者にとってどれだけ辛いことか!役者は体がないと何もできないもの。あたしたちは“作品”じゃない。何かこう“肌触り”とか“温度”みたいなものを残しているだけでしょ?」

映像技術がいくら進歩発展しようとも、役者は絵や彫塑のような“具体”ではなく“なまもの”だから、生きていることにこそ意味がある、桃井さんはそう考えている。

「松田優作はいい仕事をいっぱいしたのに『探偵物語』だけがキャラクター商品のように残ってしまって・・・13回忌では『ルパン三世かい、お前は!』って、可哀想になっちゃったもんね。足跡って、あたしたち役者にとっては糞みたいなもの。石膏固めされても困るなぁって感じ。だから、役者はいっぱい生きた者の勝ちなのよ」

120歳まで生きる。こんな素っ頓狂で、“いかにも桃井かおり的”な物言いは、役者という職業へのプロ意識の表れであり、あるいは執着そのものであるのかもしれない。

30歳からはみんな同じ
カウントで生きたらいい

『長生き』というヒントを得て以来、年を重ねた人に対する桃井さんの見方は確実に変化したという。
「たとえば110歳と112歳では、どっちが年上か、どっちが男か女かもわからなくなる。年齢も性別さえもなくなっていくの。つまりは、その人がどんな人間かってことが、すごく大切なことになってくるのよ」

そう考えると、確かに少年少女は美しいけれど、30歳を超えればみんな同じ、と桃井さんは言う。
「30歳からはみんな同じカウントで生きたほうがいいと思うなぁ。だって50歳はまだ老人じゃないし、今なんて60、70代でも綺麗な人、格好いい人がたくさんいるじゃない? だからあたし、70歳くらいまでは自分は相当いいはずだと思っているの」

そこから先、――70歳から先、どんな仕事、どんな生き方、どんな暮らしをしていくかは今の私にはまだわからないと桃井さんは言う。
「ただ、30歳の延長で、今よりもう少し腰が据わっている気がするわね(笑)。90まで生きるとすれば、50歳ならあと40年は生きられるということ。そういう予定が立てられれば、あたしたちは今をもっと活性化して生きようとするはずでしょ?」

桃井さんは、同世代の女性たちにそう問い掛ける。それは、まだまだ“野生の生き物”として貪欲に美味しいものを探し求めようとする、まさしく自分へのエールでもあった。
「老後は一緒に遊びましょ。仕事をしなくてよくなったり、足の一本も動かなくなった頃、遊びましょ。いずれあたしたちには、ひなたぼっこしたり、ゆっくり散歩したりする時間もやってくるわけで、それまではもう少し過激に生きても大丈夫よね?(笑)」

桃井かおり Kaori Momoi

女優。1952年、東京生まれ。12歳で英国ロイヤルバレエアカデミー留学。高校卒業後、文学座養成所を経て1971年映画「あらかじめ失われた恋人たちよ」でデビュー。テレビドラマ、映画、舞台、CF等で活躍。『賢いオッパイ』など、著作も多数。最近は脚本、演出も自ら手がける。8月には「桃井かおり&イッセー尾形の二人芝居」、10月にはロンドンでも上演予定。 桃井さんの最近のご活躍はこちら >>
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