無意識は敵――そう断言して極限まで意識を顕在化させ、身体能力を高めようとするストイックな表現者に、私たちは努力もまたひとつの大きな才能であることを知るのだ
この身体はお預かりもの。
そう思うと案外磨くものです
俳優、歌手、声優と、ジャンルを超えて、その舞台ごとに強烈な存在感を放つ夏木マリさん。無駄なものが削ぎ落とされたしなやかな身体は、彼女が第一線の“表現者”であることを如実に物語っている。演技力や外見といった表現者としてのすべての資質に恵まれた人――そんな印象を抱いてインタビューに臨んだら、本人からは意外な答えがかえってきた。
「私は水を飲んでも太る体質なんです。プロポーションを保つコツなんてありませんよ。あるとすれば、毎日コツコツ続けること(笑)。一気にかっこ良くなることは決してないんですが、かっこ悪くなるのはあっという間。一日怠けただけで、すぐにかっこ悪くなっちゃうのね」
そう話す夏木さんの日課は、朝起きてすぐに始めるマシンを使っての30〜45分のウォーキング。この他にも時間があれば泳ぐ。また、週に1〜2度はパーソナルトレーナーの指導で筋力トレーニングも行なう。舞台初日や映画やドラマ、スチールの撮影日といった“本番”に備えて、日頃からボディメンテナンスを怠らない。 「毎日が闘いですよ。でもね、最近は『この身体は自分のものじゃない』って思うようにしてるんです。いつか死ぬときがきて、宇宙かどこかへ魂が帰っていくときに、身体はお返ししなければならないって思ってるんですよ」
若い頃は足が太いだの、もっとやせたいだの、顔はもっと童顔のほうがいいだの、自分に対する不満をたくさん抱えていたとか。
「でも、お預かりものだと思うと、案外文句も言わずに磨いちゃうものなんですよ(笑)。自分のものだと思うと、『まぁいいか、明日やれば』と思うでしょう? だけど、明日はいつまで経っても明日のままじゃないですか」
「やせたい」とか「美しくなりたい」では、何だか他人任せのような気がする。それよりも、「やせる」「美しくなる」と言い切る“有言実行”のスタンスこそが大切。そんな夏木さんの真っ直ぐな言葉は、誰よりも夏木さん本人に向けられているようだった。
歌えない、踊れない、
芝居ができない三重苦だった
その身体が資質よりも努力によって作られていることに加えて、さらに意外だったのが、歌も踊りも芝居も実は苦手という事実。
「歌でこの仕事を始めたけれど、声も音階も譜面が読めないことも、すべてがコンプレックスだった。芝居を始めたときも、基礎がなかったから悩んでばかりでしたね。ごく最近ですよ、自分の声とか身体と付き合えるようになったのは。歌えない、踊れない、芝居ができないのまさに三重苦でした(笑)」
屈託のない笑顔の陰にどれほどの努力が潜んでいるかは、本人以外知る由もないのである。
「そもそも私は、人とコミュニケーションをとるとか、集団の中にいることが苦手な気弱な女の子だったんです。今でもその分野はあまり得意じゃない。ですから、まさか自分が舞台に立つことになるなんて、思ってもいませんでした。将来は音楽大学に行って、ピアノでも教えるものだと思っていたのね」
20代で歌手になったのも、30代で舞台に関わったのも、すべてなりゆき任せ。ところが、芝居を始めた頃から、“気弱な女の子” は徐々に鍛え上げられ、やがて自己を解放していく。
「芝居をするにあたって、もっとも怖かったのは、私自身にエネルギーが足りないことでした。言われたことができない、演じられない、稽古日数が足りない。そういうハンデがあると、エネルギーって出ないものなんです。今でこそ芝居には初日という“締め切り”があって、ここまで頑張ったものとして本番を迎えられるようになったけど、当時はそれすらわからなかったから」
『印象派』は夢を実現する
舞台であり闘いの場でもある
半ばやけくそでこなしていた舞台。しかし、稽古を重ね、場数を踏むうちに、夏木さんはいつしかその魅力に憑りつかれていく。そして今、夏木さんがもっとも心血を注ぐのが、自ら企画・構成・演出する『印象派』というパフォーマンスである。'93年から始めて、今秋7回目の公演を数える。
「30代はミュージカルの仕事が多かったせいで、私にとってはウエストエンド(ロンドン)よりブロードウェイ(ニューヨーク)が近かったの。ところが、'90年代に入ってドイツのピナバウシュのダンスなど、ヨーロッパの舞台を観はじめたら、そういう身体感覚のあるコンテンポラリーなものを創りたくなって。でもそれをやるには、自分の中があまりにもくしゃくしゃに散らかっていたので、集団から離れる必要があったのね。それで、一人で演劇を確認しようと思って始めたのが、『印象派』なんです」
その舞台で、夏木さんは巫女のように舞い、戦争の網に囚われた人間の魂の歌を叫び、繊細で安らぎに満ちた自然界の音を歌う。完璧にコントロールされたその肉体と感情は、観る人の心を激しく揺さぶる。表現者・夏木マリが放つ魔力に魅入られた観客は、その姿と声を凝視せざるをえない。
「『印象派』のテーマは、絶望からの脱出なんです。生きているってこと自体、大変なことじゃないですか。その絶望が日常だとすれば、人との関わりとかコンプレックスとか世の中のことが痛み。そういう日常の痛みを題材にして、痛みから解放される非日常の舞台を創ることが、私の夢なんです」
だが、「サッカー場みたいな清々しい闘いの場所」と自ら形容するとおり、『印象派』は夢であると同時に“自分との闘いの場所”でもある。
「ピナバウシュのように踊りたいけれども踊れないとか、完全に自分の心と身体をコントロールできるようになるまで稽古しなければならないとか、すべてが自分との闘い。『ダンサーはボクサーであり、尼僧でもある』というチャップリンの言葉にもあるように、ボクサーみたいに攻撃的になって身体を使う一方で、精神世界は尼さんみたいに自分を突き詰めないと作品はできない。『印象派』は言わば私の宗教ですから、きっと死ぬまで闘うでしょうね」
観客に育てられてきた
海外公演
『印象派』において、夏木さんは観客はまったく意識していないという。なぜなら、“自分の思い込み”の舞台だからだ。
「もちろん俳優ですから、どこかにサービス精神があって『見せよう』っていう感覚は身体にあると思うんです。ただ、役者にはよく『お客さんの拍手が忘れられない』って言う人がいるけれど、私は全然そう思わないの。本当の拍手喝采だったらモチベーションにつながるかもしれないけれど、国内ではあまり感じたことがないので」
海外でも高い評価を得る『印象派』だが、実はロンドンでの初演では、何人かのお客は舞台の途中で席を立って帰ってしまったという。
「欧米では、観る人の姿勢が非常に個人的なんです。つまり、好き嫌いがハッキリしているのね。特に海外の評論家は、自分でお金を払って舞台を観に来ているから、途中で気に入らないと帰ってしまうんです。最初はもちろん傷ついたけれども、考えたら『印象派』は絵画と同じで、人によって好き嫌いがあるのは当然のことだなって」
だからこそ、さまざまなリアクションを受け取ることができる。舞台が終わると、ステージドアで待ち構えていた人たちから「宗教観は?」「どうしてそんな創りかたをするの?」「君はターキッシュなの? 東洋人なのに西洋的なことをしているから、トルコみたいに“間の文化”ね」などと、矢継ぎ早に質問や意見を浴びることもあるとか。
「向こうでは俳優がハリウッド的でないから、話が盛り上がると『じゃあバーで飲みながら話す?』みたいなノリなんですよ。それが本当に刺激的で面白い。お客さんに育てられている、そういう感覚がありますね。特に私の場合、一人舞台ですから、悪いときはお客が帰るし、私にエネルギーのないときは拍手が少なかったりするけど、同じ作品でも集中できたときは『そんなに拍手をいただかなくても。申し訳ない』ってくらいブラボーが7回くらい続くことも。そうすると、大変だけどまた頑張ろうって思いますね」
ところが、残念ながら日本人は観客として、それほどまでには成熟していないのだという。
「隣の人が面白いといえば、自分がよくわからなくても面白いと言ってしまうのが日本人。以前は私もそうだったけれど、『わからない自分がおかしいのかな』って思ったりするじゃないですか。特に私たちの世代は、まさにそういう“お揃いの文化”なんですよね」
食事のときは「黙って食べなさい。お行儀が悪い」なんて言われて育ってきた世代だから、急に「コミュニケーションをとれ」と言われても困ってしまうのよね、と夏木さんは苦笑した。
「海外では、現地のディレクターは『マリはどうしたいの?』って常に私に問うんです。だから、私はプロデューサーとして意見や意思を伝え、アーティスト同士の話し合いをもたなければならない。海外公演のおかげで、随分と鍛えられましたね」
身体が衰えるということは
自分に無意識になること
かつての“気弱な女の子”は、身体・精神・コミュニケーションといったすべての能力を問われるライフワークを通じて、常に自分に意識を向けながら、自己解放ともいえる確認作業を今も進めている。
「身体を司っているのは、その人のもつ性格なんです。ですから、身体を解放するということは、すべてに意識を向けるということ。逆に身体が衰えるということは、自分に無意識になってしまうこと。無意識は不健康。敵なんですよ、敵」
つまり、表現者であるということは、常に意識を顕在化させて、身体をコントロールできるということ。食べる物や着る物はもちろん、何気ない動作や感情や感覚にさえ無意識に暮らさない。そういう長く険しい訓練を必要とする生き方こそが、表現者・夏木マリを創っているのだ。
「私のめざすところは、私自身がかっこいい生き方をしていれば、その作品もかっこ良くなるというもの。私が普段から素敵なら、表現も素敵なんじゃないかなって思う。だからこそ大変な仕事を始めちゃったなとは思うんですけれど(笑)」
ふと、ひたむきにストイックに闘う表現者の、無意識の顔が気になった。そう、好きな人の腕の中にいるときにするような無防備な顔が。そこで、今、恋をしているかどうかこっそり尋ねた。
「この生活に男性がいたら、完璧ですね。そこが私、ちょっとかっこ悪いんですよ。ホントかっこ悪いの」
そう言って恥ずかしそうに笑った顔は、意識したものなのか、それとも無意識のものなのか――ほんの一瞬、表現者の鎧を脱いだ素顔の夏木マリその人を見た気がした。
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'97年、フランスのコーベルエセンヌの劇場で公演したとき、ディレクターであるアンドレからもらった手紙。パフォーマンス後、楽屋に戻ると、さりげなくテーブルに置かれていた。苦労した公演だっただけに、喜びもひとしお。普段は数々の写真立てとともに飾られている |
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やはり『印象派』に影響を及ぼした夏木さん憧れの人、ドイツ人ダンサー・ピナバウシュ本人とのツーショット。夏木さん曰く“ミーハーな感じ”の写真。「彼女はとてもソフィスケートされた人だから、一緒に並ぶと私の顔も甘く見えるのよね」 |
夏木 マリ Mari Natsuki
東京生まれ。'73年、「絹の靴下」でデビュー。第75回アカデミー賞・長編アニメーション映画賞受賞作品『千と千尋の神隠し』、日本アカデミー賞・助演女優賞受賞『ピンポン』の存在感ある演技は、記憶に新しい。'93年から続けているパフォーマンス『印象派』では、海外でも高い評価を得る。 |
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