伊藤センセイを自由な世界に没頭させるに至った
母親のひと言とは
“遊びに夢中”は後ろめたい?
「振り返ると、私、遊びと病気以外なんにもしてこなかったという気がしてます」と語る、作家の伊藤礼センセイ。けれども、それを額面通りに受け取ることはできません。
これまでのセンセイのお話から、遊びをすることが病気と向き合う唯一のセンセイの人生の過ごし方だったのではないかと思えるからです。 センセイはなぜ、遊び(*センセイの中ではそれは遊びだったのかどうかも、わからなくなってきています。世の中の人が「遊び」というので、そう呼んでおられるようですが…)をこれだけ愉しむことができたのか。
これは、おおいに気になるところでした。「学校の先生っていうのが、キーワードですね」伊藤先生は長らく日本大学で教鞭を取っておられました。大学は学期休みなどがある分、サラリーマンなどより休みが多く取れる環境です。そのため、「4月に学校が始まって、5月も末になれば、もう夏休みのことを考えてましたからね」と、センセイ。それは羨ましい…いえいえ、だから遊びに目が行く機会も多かったということでしょうか。
すると、「後ろめたいところ、ありますよ。ずいぶん後ろめたいと思ってね、道を歩くときだって僕はなるべく端っこを歩いてます、ふふふふ。向こうから人が来ると、俺はあの人たちほどやってないんだからって道をよけますよ、なるべくドブのほうを歩いてね…!」
あなたはそれでいいんです
センセイには、競争心というものは始めからないのだそうです。
まわりの人に負けないくらい働かなくてはいけない。少しでも偉くならなくてはいけない…。最近は学校でも職場でも、そんな考え方が蔓延して、「勝ち組」「負け組」という言葉まで出てくる世相です。しかし、伊藤センセイはそこから解放されて、自由な世界に興じることができた。これは若い頃、母親から告げられた言葉が大きく影響していると、センセイは言います。
「あなたはそれでいいんです、あなたは病気なんだから、それでいいんです」って。 母親のひと言というのは、すべてを支配しますね。母親の影響力ってすごいですね」病気によって人生を狂わされ、これでいいのかと自問の繰り返しであろう時期に、母親からこれ以上ない自己肯定をされた伊藤センセイ。母のこのひと言がどれだけ心強く響いたでしょう。
センセイはなんとすばらしい両親をおもちだったか、と思います。
母の愛に支えられたからこそ、人生の多くの時間を遊びに費やしてこられた伊藤センセイ。定年後、あり余る時間を何に使っていいかわからない人にアドバイスをお聞きすると、「それはジャーナリストの方々が、テーマ作りをしているのではないの?」という答えが。
「みなさん、もう少しお利口ですよ。それに、別に利口でなくったっていいんじゃないのかな」
「年寄りは年寄りらしく、乗ってるような顔をしないでひそかに乗っているのがいいですね、ふふふふ」
お話を伺って感じたことは、伊藤センセイは、一見楽しくなさそうなことでも、角度を変えたりして楽しむことを見いだせる人なのだということでした。だから、人と同じ時間を過ごしていても、きっと伊藤センセイは人より多く面白がれることを見つけて、ひそかに楽しんでいるはずです。
豊かな人生とは?
その問いの答えとしては、仕事で何かを成し遂げることももちろんあるでしょう。でも、それとは別に、面白がれるものをどれだけ見つけることができるかにもあるように思えます。
時間の使い方に迷っておられる方へ。日々の暮らしの中で、ちょっと興味を持ったり、気になったりしたことを膨らませてみてはいかがですか。そこに伊藤センセイが出合ったような、夢中になれる遊びの世界のドアが開いているかもしれません。 |