振り返れば、きっかけは父の死だった…。
61歳で鍼灸院を開き、第二の人生を歩み出す。
とあるビルの一室。ここに、2つの診察台がようやく置けるだけの広さの鍼灸院があります。穏やかな笑顔で出迎えたのは、鍼灸師であり工学博士の肩書きももつ片桐啓三さん。初めて対面した誰もが、その健康的な肌ツヤに驚くことでしょう。ハリがあって、ぴかぴか輝いて。御年77歳というのですから、再びビックリ! その若々しさはどこから来るのでしょう。
今回と次回では、片桐さんが鍼灸師となった経緯と、年を重ねてもなお若々しさを保つ秘訣をうかがいます。男性にとっては定年後の生き方の参考にもなるお話です。
60歳で鍼灸の世界に
工学博士の肩書きももつとご紹介しましたが、じつは片桐さんが鍼灸の世界に身を投じたのは、60歳のときでした。京都大学大学院工学研究科博士課程で高分子化学を学んだ後、製紙会社で約25年、研究職に就いていた片桐さん。55歳で定年となり、コンサルタント業に携わります。しかし、「一人でやるとなると、これが結構大変で。そんなとき義兄から、接骨院を開いている先生を紹介され、“鍼灸の学校に行ってみないか”とすすめられたんです」。
それからの3年間は、昼はコンサルタント業、夜は鍼灸の専門学校での勉強という二足のわらじを履く毎日。とはいえ、化学の研究に長く関わってきた片桐さんが、その世界から遠く離れて鍼灸の勉強を始めるのは、人生を左右する大転機だったはず。それなのに、専門学校を受験すると決めるや、考えるより早く勉強を始めていたと言います。なぜそれだけ早く決断できたのでしょうか。
「それは、私が健康についてずっと考えていたからでしょうね。40歳くらいの頃、親父が心筋梗塞で亡くなったんです。バスの中で、それも隣の人も気づかないうちに。身内が亡くなると自分の体に気をつけるようになりますよね。それがこの道に入るきっかけだったんじゃないかな」
目標をもって社会に貢献したい
鍼灸は中国で誕生し、長い歴史の中で培われた経験医学といわれます。健康への志向が強かった片桐さんは、夢中で勉強しました。60歳で鍼灸の国家資格を得、翌年には現在の治療院を開きます。61歳にして新しい人生への船出です。
開業の年齢が遅いことはハンデに思えます。ところが、片桐さんはそれほど苦労を感じなかったと振り返ります。
「儲けようという気持ちが先にあったわけではないからでしょう」
そして話が進むうちに、苦労を感じなかったという点に納得を覚えました。
「私はね、皆さんの健康のレベルをアップしたい。それを目標にしているんです。ずっと健康で暮らして、ある日コロリと死ぬ。私自身もそう願っているし、誰もがそう思っているんじゃないですか? そのために日々体をメンテナンスしておくのは大事なことです。その目標をもって社会貢献できることが、私の第二の人生だと思っています」
「私は皆さんの体を治しているのではなく、自然治癒力を高めるお手伝いをしているだけ。自分で治す力を高めていければ、医療費だって自然と抑制できるんじゃないかな。だからといって、皆さん鍼灸をやりなさいということではないですよ(笑)」
「病気を患っていた患者が、鍼灸によって回復したときがもっとも嬉しいとき」と語る片桐さん。開業してはや17年。今や昼休みも十分に取れないほどひっきりなしに患者が訪れます。それは、打算なしで鍼灸に没頭する片桐さんの姿勢に信頼を置く人が増えていったという証拠でしょう。
定年後の第二の人生。船出は遅くとも、片桐さんのように興味と仕事が一致して、しかもやればやるほど楽しく、やり甲斐を得られるものに出会えたら…。これほど心強くてワクワクする、人生の伴奏者はありません。
しかしながら、そんな片桐さんも寄る年波には勝てないはず…?
忙しい日々、自身の健康をどう保っておられるのか、それは次回、聞いてみることにしましょう。
|