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あなたの人生を「生き抜く力」は何ですか?(第2回)

私は“水”に還りたい

階段を上るように一歩ずつゆっくりと。見つめて、わかった「自分らしい生き方」

「心だけは自由に!」さまざまな水の表情が自分らしさを引き出してくれた

25年もの間、水を撮り続けた写真作家の鈴木瑩子さん(73歳)。同じ被写体を飽きずに撮ることができたその理由は、その時々で水がさまざまに表情を変えてきたからでした。そしてそれは、その時々で鈴木さんの心が求めていたものも変わっていたということにつながります。

自分らしさを探す鈴木さんの“水物語”、後半のお話です。

水がくれた、幸運な出会い

写真作家の鈴木瑩子さん(73歳)は水という被写体と巡りあい、自分の心を表現できる術を得ました。「水と出会えたことは幸運だった」と、鈴木さんは振り返ります。

幸運な出会いはもう一つ重なりました。鈴木さんの撮った水の写真が縁で、太宰治や坂口安吾ら文士の姿を撮った作品で有名な写真家・林忠彦氏から師事を受けることになったのです。当時、林忠彦氏は重い病を患っていました。そして鈴木さんに、2作目を自分のために撮ってほしい、と提案します。

先生そのものを表現したい…でも先生を表す一枚とは何だろう。鈴木さんは悩み、撮るまでにじつに1年もの歳月がかかりました。 「その一枚は、テレビの台風情報で映った海を見てわかったの。『あ、私ここに行かなきゃ』って。それからは闘いですよ。タクシーに乗って、台風で荒れる海に行ってくれって言って。私は、崖の上から波を撮りたかった。波が来るところを撮っては逃げ、撮っては逃げ。それこそ、水にまみえるつもりで撮ったんです」。

その作品が、左にあげた「勢」。作品集の冒頭を飾りました。鈴木さんは、林氏から感じる力のすべてを、この一枚に込めたのでした。

完成を待ち望んでいた林氏は、作品集の序文で、こんな風に鈴木さんを評しています。「蛍のような可憐な面と、相手も食い殺すほどの強いカマキリ的なところとの両面がある」。

この言葉が、鈴木さんに新たな生きる力をもたらしました。

「反発する自分と、賛成する自分がいる。だから迷いや葛藤や苦しみがあるわけですが、どっちも自分なのだからどっちも育てたらいいと、先生は言ってくれたんですね。また、水が答えを導いてくれました」

水の声に呼び寄せられて

鈴木さんは、常に新しい水の姿を求め、それまでとは違った表情を探してきました。3作目で求めたのは、鳥や馬、人の形にも見立てることができる波の姿。

表れては消える一瞬の波間に、鈴木さんは水の魂を感じました。続く4作目では、窓や植物の葉などに落ちた水滴の美しさを。これらは決して、頭で考えてひねり出した水の姿ではありません。まるで出会うことが必然であるかのごとく、引き寄せられたもの。

「水が呼ぶのよ。こっちにおいで、おいでって声がするのね。たとえば4作目のきっかけは、ある日家の庭から呼び寄せる声を聞いたから。どうしても庭が気になってしょうがなくってね。庭に降りたら、びっくりするような水があった。急いでカメラを取ってきて裸足のまま庭に出て撮っていました。葉っぱの上に載った、一粒の水滴を。朝日がきらっと水滴に映って、でも撮った瞬間に消えてしまった。ああ、天使が降りてきた…! まだ学ぶべきことがあると水が教えてくれている…そう感じて、その作品は『天使』と名付けたんです」

水の中でも、その時々で撮りたい姿が決まると、それまでと見る角度がまったく変わってくるのだと鈴木さんは言います。水滴を撮っていたときは、噴水の水、車体を流れ落ちる雨水、ただの窓に映る雨の滴に目が向きました。そしてどれも小さな滴なのに、宇宙を表現しているように感じられたそうです。

「本当に不思議よ。それからは世界が違ってくるんですから。前は滝が落ちるところばかり撮っていたのが、滝に落ちた水が一瞬上がる、そういうところを撮るようになったりしてね」。

心がときめいた数だけシャッターを押してきた鈴木さん。はじめは自分の気持ちをさらけ出すような水を求め、やがて水と対話ができるようになり…、1作ごとに変わってくる水の表情から、さまざまなことを感じ取っては生きる糧としてきました。今は、水への尊敬と感謝の気持ちを込めて、「水よ、ありがとう…」と心から言いたいそうです。

水との対話から、鈴木さんは「心だけは自由に」という結論にたどり着きました。

社会では、誰しも何らかの役割を背負って生きています。家庭の主婦には家庭の主婦なりの役割があるものです。けれど、そうした役割とは関係なく、心だけは自由に生きていいのだと、鈴木さんは実感したのでした。そして、こうも感じています。

「高いところまでのぼるとき、エレベーターに乗って簡単に行ってしまっては意味がない。腰掛けて休んだり、水を飲んだりしながらでいいから、私は一段一段、階段をのぼっていきたい。そのほうが景色が広く感じられるし、のぼったときに感じることも多いはず。すんなり上がったのでは見えないことって、いっぱいありますよね」

48歳から始めた写真という世界で、豊かな感性を引き出していった鈴木さん。引き寄せられるようにして水と出会いましたが、もしかしたら水も、鈴木さんに撮られることを願っていたのかもしれません。

「こうありたい」という気持ちをどれだけ強く持ち続けられるか。
それが、自分らしく人生を生き抜くきっかけを作ってくれるのではないか。
鈴木さんの水との物語から、しみじみと感じずにはいられません。

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