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関羽は五、六杯飲むと、また馬良に碁の相手をさせながら、ひじを差し出して華佗に切り裂かせた。…「さ、切りますぞ。お心しずかに」。関羽「よいとも、切れ。思い通りに手当てして下されい。わしは世の俗人どもとは違うぞ。」そこで華佗が骨のところまで肉を切り開くと、果たして骨は青くなっていた。小刀で骨をこそげるぎしぎしという音に、なみいるものは真っ青になって顔をおおうてしまった。しかし関羽は、酒を飲み肉をつまんで、平然と談笑しながら碁に打ち興じ、苦しい顔一つしなかった。
(「完訳三国志5」訳小川環樹・金田純一郎 岩波書店)
毒矢で負傷した関羽が碁を打ちながら名医華佗の手術を受けたという、碁の世界でよく知られている「三国志演義」の一節です。私は「囲碁の知・入門編」(集英社新書)の執筆にあたってこの有名な話を引用しようと思い、正史「三国志」(「三国志」III 訳市川宏・山谷弘之 徳間書店)を調べました。すると、
医曰、矢鏃有毒、毒入于骨。…時羽適請諸将、飲食相対。
(蜀書・関羽伝)
名医華佗の名はなく、碁を打ったとは書かれていないのです。
三国時代の実録である陳寿の「三国志」、もしくは司馬光の「資治通鑑」の該当部分と「三国志演義」をつき合わせてみれば、大部分の人物と事実の大まかな流れは一致するものの、事件の細かい経緯となると、史実とくい違うもの、あるいは史書には全く見えないフィクションが意外に多いことに気がつくであろう。清代の歴史学者、章学誠は、これを「七分実事、三分虚構」と言って、読者を惑わすものだと非難した。
(「三国志演義の世界」金 文京 東方書店)
魏の文帝が弟とナツメを食べながら碁を打ち…(「世説新語」)という話もあり、三国時代の武将が碁を打ったであろうことは想像に難くないのですが、囲碁界に広まったこの話は史実でなく、小説「三国志演義」の潤色です。
NHKの2001年大河ドラマ「北条時宗」を見て"三分虚構"と思った人は多数でしょうか。「二月騒動」で斬殺されたと史書にある時宗の庶兄・時輔が、生き延びて高麗に渡ったというストーリーはさすがにフィクションと思われるでしょうが。(「保暦間記ほうりゃくかんき」にのみ「のがれて吉野の奥へ立入りて行方不知」とあります。)
何より、時宗像が事実とドラマでは大きく異なるようです。
たまたま得宗家の御曹司として生まれ、蒙古襲来などというとんでもない事態に遭遇してしまったために、立場上、国を背負って立たざるをえなかった、悩み多き凡人だった。
…そこには、波乱万丈の人生航路が有るわけでもなく、きわだった個性や強烈な存在感があるわけでもない。しかしだからこそ私は、そのけなげさに心を動かされたのである。
(「北条時宗と蒙古襲来」村井 章介 NHKブックス)
歴史において、事実が何かということは難しい問題です。
現代の出来事であっても、その真相や本質を知ることは必ずしも容易でないのですから。一方で、黒白が明らかな話や明示的な言葉に人々は惹きつけられ、誘導されやすい。戦前は時宗を「国難を救った軍国の権化として崇めるような言説」もあったといいます。
かつてない国難に遭遇した米大統領をテレビで見ながら、傑出したリーダーでなく「悩み多き凡人」であった北条時宗に思いを馳せました。
(2001月10月作品)
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