「私たちはいくつまで生きられる可能性があるのでしょうか。ギネスブックに載っている長寿の記録は122歳ですが、これぐらいが限界なんですか。」
この質問に白澤卓二*1は「動物と違って人間は実験データで最大寿命を証明することはできません。ただ、多く疫学者がその辺に落ち着くだろうとみています」と答えています。*2
1875年に生まれ、1997年に122歳で死んだフランス人女性のカルマンさんの頭脳は「最後の最後まで明晰でした」と白澤は言い、こう続けています。
「100歳以上で亡くなった人を解剖して調べることがあるんですが、110歳を超えても年齢を感じさせない脳を持つ人がいます。そういう例を見ると、人の脳は110年、120年という期間、ちゃんと活動する可能性を持っているんだなと思う。」
何歳になっても碁を楽しみ続けたいと思っている人にとって心強い話です。「平均寿命が延びると健康寿命も延びていくんです」対談を白澤はこう結んでいます。嬉しいですね。健康で長生き、それは万人の願いでしょう。
厚生労働省発表の「平成15年度簡易生命表」による平均寿命は男78.36歳、女85.33歳。2001年(平成13年)の男78.07歳、女84.93歳から男+0.29歳、女+0.40歳。2001年で国際比較すると日本はアメリカより男が3.67歳、女は5.13歳長く、韓国より男が5.23歳、女は5.32歳長い。また平成15年の平均余命を65歳の人について見ると男18年、女23年となっている。
寿命を考える限り、日本で生まれ育った私たちは幸せです。医療の進歩と食生活の改善によって日本人の寿命はさらに延びると予測されています。
縄文人の15歳での平均余命は16歳という研究結果*3があります。また、江戸時代の平均寿命を研究する鬼頭宏*4によると、宗門人別改帳*5に基づく美濃国大野郡の死亡記録(1751〜1869)1068例から計算した満15歳での平均余命は男女ともに約43歳ということです。同平均寿命は男37歳、女40歳ですから、江戸時代の乳幼児死亡率の高さがわかります。
その江戸時代に、棋士は長寿の者が珍しくありません。1623年に没した初代本因坊算砂(名人)は64歳(没年−生年、以下元美まで同じ)。井上家の元祖とされた算砂の好敵手利玄は、100歳を超えて生きたという話が伝わっています。安井家初代算哲(62歳没)の実子で天文方に転じ貞享歴を作った二代算哲(渋川春海)は76歳で没。安井家を継いだ二世算知(名人)は86歳。4世本因坊道策(名人、57歳没)の師・3世道悦は91歳と長命でした。道策の実子といわれる5世道知が短命(37歳)なのはフグの毒に当たったらしい。11世本因坊元丈が77歳。その弟子の12世丈和(名人)は79歳。「爛柯堂棋話」を著した林家11世元美は83歳と、歴史上の名手で長寿だった棋士は数多くいます。
近代以降の囲碁界をみると、世襲制最後の21世本因坊秀哉(名人)は昭和15年に65歳(満年齢、以下同)で死去しましたが、秀哉と本因坊継承を争った5歳年少の雁金準一九段は79歳まで生きました。
終戦直後に第3、4期本因坊となった岩本薫九段は亡くなる直前まで元気でしたが、99年に97歳で永眠しました。古棋譜研究で知られた渡辺英夫八段も95歳の長寿です。
1914年5月19日生まれの呉清源九段は92歳になった現在もお元気です。昭和の棋聖・呉清源の生涯を映画化した「呉清源」が2005年秋に公開される予定でした。日本側も協力、松坂慶子はじめ日本の俳優も出演して撮影は終了したのですが、昨春からプッツリと話が途絶えました。日中友好の映画が完成を見ないままとなっているのは、昨今の対日関係を中国政府が考えてのことでしょうか。もしそうであるなら、極めて残念なことです。
私が敬慕した高川秀格22世本因坊は享年71歳。86年、ガンによる早すぎる死は残念でした。良識に溢れ人望のあった高川先生が長命でおられたら、囲碁界はもっと良くなっていたように思います。
高川先生と本因坊位を争った杉内雅男九段はこの10月に86歳。夫人の寿子八段も79歳です。ご夫妻とも元気に手合を打って、しばしば若い棋士を負かしています。
意欲をもって碁を打ち続けることにより健康寿命が延びるのでしょう。
(2005年4月作品を修正加筆)
| *1: |
しらさわたくじ1958−。医博。東京都老人総合研究所研究室長。 |
| *2: |
「科学の最前線で研究者は何を見ているのか」瀬名秀明/編。日本経済新聞社 2004。
第1部「ヒトが来た道、向かう道」第2回「人間はいくつまで生きられるか」より引用。 |
| *3: |
「人口」 小林和正/編。雄山閣出版1979 |
| *4: |
きとうひろし上智大学教授。歴史人口学。
岩波書店「科学」2004年12月号「江戸時代人の寿命とライフサイクル」より引用。 |
| *5: |
しゅうもんにんべつあらためちょう。禁教キリシタンを取り締まる宗門改めを厳格に行うための帳簿。
1671年全国的に制度化された。200年にわたって作られた希有の人口資料。 |
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