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囲碁が紀元前の中国で生まれたであろうことは、確度の高い定説といえます。
しかし、その発祥が古代のいつ頃なのか。どこで誕生したのか。それは永遠の謎でしょう。では、原初の囲碁はどのようなものだったでしょうか?
囲碁の根源的なルールを考えるとき、碁盤の広さ(条数)や碁石の形状、盤の交点に置いたかどうかなどは重要でありません。本質的なことは次の二つです。
【1】二人が交互に着手し、盤上により多く石を置いた(生存させた)方が勝ち
【2】周囲の隣接点すべてを相手に囲まれた石は取り去られる
【1】は今日の中国ルールの計算法と基本的に同様です。地(じ)とは一方の石のみが生存可能な場所ですから、中国ルールで一方の石と地の合計を数えるのは、一方が盤上に置くことができる石の総数を数えるのとほぼ同じです。
囲った地だけ数える日本ルール(韓国も同じ)も、極めて稀な場合を除いて、結果は中国ルールと同じになります。
【1】と【2】が囲碁の本質的なルールですが、それだけでは解決できない事態が盤上に生じることがあり、その場合に対処するルールがどうしても必要になります。
図のような形はしばしば生じます。黒 a で白一子を取れますが、続いて白も黒 a を取れる形。二手で繰り返される同形反復です。このような形を「コウ(劫)」といい、互いにコウの取り合いを続けては際限ないため、どうするか予め決めておく必要があるのです。
「日本囲碁規約」(1989)では「劫を取られた方は、次の着手で劫を取り返すことはできない」とし、全局的な同形の反復を禁止しています。すなわち、一方が他の地点に打ち、相手も他の所に打った後なら(全局的な同形反復ではないので)コウを取り返すことができます。
吉國一郎(元内閣法制局長官、元プロ野球コミッショナー)が囲碁のルールを初めて成文化(旧囲碁規約)したのは僅か60年ほど前(1949)ですが、古代に囲碁が誕生したときから今日と同様にコウのルールがあったでしょう。
ルール上での「コウ」は二手で同形反復が可能な図のような形をいいますが、実戦でコウを争う価値はケース・バイ・ケースです。上二つの図はコウが死活に直結する場合で、コウに勝つか負けるかで大きな得失があります。
形をいう「コウ」のほか、死活の状態についても「コウ」と表現され、上図の白、中図は黒を「コウ(である)」と言い、コウに死活がかかっているという意味です。
対して、下図は「半コウ」と呼ばれ、コウを取る、あるいはコウをツグ手の価値が一手あたり半目(正確には1/3目)というコウです。盤上の有効着手で最小の価値の手が半コウ。つまり、価値のある手が他になくなり、終局直前、最後に打つ所が半コウとなります。重要でないコウは、ただちに争う価値がありません。
(2007年3月発表作品)
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