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トップページ > エンターテイメント > はじめての碁会所 > 第13回「本能寺、三劫の話(1)」

ネットで世界中の囲碁ファンと対局 はじめての碁会所

碁で人と文化を知る

はるかな昔から人の生活と囲碁が深く関わっている。興味深い知恵と歴史を紹介。
(毎月月末頃更新)

「本能寺、三劫の話(1)」

 

今から425年前、1582(天正10)年6月2日未明に本能寺の変は起きました。
 囲碁界に伝わる話では、前夜(6月1日)織田信長の御前で日海(にちかい、後の算砂)と鹿塩利賢(利玄)が対局し、珍しい三劫を生じたということです。

それが広く知られるようになったのは明治37(1904)年、ジャーナリストの安藤如意が著した「坐隠談叢(ざいんだんそう)」によります。「談叢」は多くの囲碁ファンや関係者に読まれ、それから約百年の間、如意がまとめた囲碁史の話は真実であるかのように、人口に膾炙(かいしゃ)してきました。

本因坊家はじめ当時の棋家(きか)も協力してまとめられた「談叢」に、史実から外れていないと思われる記述は多くあります。その一方、今日の眼からは事実と考えられない話も書かれています。最たるものの一つが“本邦最古の棋譜”。
 さらに、“本能寺、三劫の話”には大きな疑惑を禁じ得ません。

日蓮宗の開祖日蓮と日朗(日蓮の高弟)が1253(建長5)年正月に打った碁という“本邦最古の棋譜”。それが初めて現れたのは1829(文政12)年のこと。その事実だけでも、日蓮・日朗の棋譜の真贋を問うに足るでしょうが、他にも諸々の傍証を挙げて、私は(私も)捏造と断じました。拙著「囲碁の知・入門編」(集英社新書)の188ページをお読みください。

 本能寺の変前夜の碁といわれる棋譜もあります。本因坊家秘伝の譜として「談叢」が掲載。同じ棋譜は1849(嘉永2)年、11世林元美が稿本にまとめた「爛柯堂棋話」にあり、「談叢」の棋譜はそれに拠っているとされます。“本邦最古の棋譜”もそうです。元美は林家を継ぐまで本因坊一門の棋士でした。

「爛柯堂棋話」が巷間に知られたのは、「談叢」よりすこし後。1910(明治43)年から翌年にかけて時事新報に連載され、1914(大正3)年に出版されました。
 1978年に平凡社・東洋文庫が「爛柯堂棋話1」「同2」を出版し、今日は誰でも読むことができます。

元美そして如意が伝えた古い話は、本因坊家の伝承に拠るところが多いのですが、加えて元美による潤色、さらには捏造があった。囲碁史研究者の多くは、今日そうみています。
 もとの伝承も事実とは限りません。まして、背景に事情のある伝承となれば…

“本能寺、三劫の話”を史実とみるには、数々の疑問があります。ただし作り話と断定する決定的な証拠がないことから、囲碁界は(日本棋院も)この話を伝え続けているのですが、いかがなものかと私は思っています。

疑惑の根拠その一。「信長公記」をはじめどの史料にも、変の前夜に本能寺で碁が打たれたという記述はありません。そればかりか、信長と囲碁に関する話は碁界にしか存在しないのです。
 その二。これは広く知られていますが、本能寺の変の前夜に打たれたとされる碁は日海の圧勝譜で、棋譜に三劫の生じる余地はまったくありません。

次回にもっと詳しく書きましょう。私が想像する、背景の事情についても。

* 三劫(さんこう)
一局の碁で三つのコウを生じ、いずれのコウも対局者双方が譲れずに同形反復が繰り返されることをいう。算砂・利玄の三劫局は引き分けにしたと伝わる。現代のプロ公式戦でも、稀に三劫、四劫を生じることがあり、「日本囲碁規約」により無勝負。トーナメント戦では再試合となる。

(2007年6月発表作品)

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