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トップページ > エンターテイメント > はじめての碁会所 > 第17回「本能寺、三劫の話(5)」

ネットで世界中の囲碁ファンと対局 はじめての碁会所

碁で人と文化を知る

はるかな昔から人の生活と囲碁が深く関わっている。興味深い知恵と歴史を紹介。
(毎月月末頃更新)

「本能寺、三劫の話(5)」

 
    算砂の出自である京都の寂光寺に残る『本山寂光寺誌』に次の文言があります。「織田信長、上人(日海、本因坊算砂)の棋道に於ける第一人者たるを慕ひ其手段の巧妙なる真に入神の技倆と嘆称し、呼ぶに名人を以てす。斯界の名手を名人と称すること是より始まりしとぞ」

「林さんが亡くなったのは、いつだったでしょうか?」私が水口藤雄氏にそう訊いたのは2001年の春先、拙著『囲碁の知・入門編』(集英社新書)の校閲をお願いしたときのことでした。

囲碁ライターで囲碁史に関する著作の多い林裕(はやし ゆたか)。前回は、林のライフワークであった『日本囲碁大系』(筑摩書房)から引用しました。

私は1977年に入段(プロ初段)した後、日本棋院で林さんのお顔を拝見しましたが、話したことはありません。私が日本棋院の運営に関わり始めた1980年代の半ばには、すでに鬼籍に入られていたように思います。日本棋院編集部で林さんの下にいたことがあることがある水口さんも、何年に亡くなったか覚えていませんでした。

林さんが蒐集された膨大な資料は散逸してしまったことを、そのとき知りました。林さんの遺族から資料引き取りの相談が日本棋院にあったそうです。棋院がそれを断った理由は、有償という希望だったからと聞きました。

数多くある林裕の著作で誤りが珍しくないのはやむを得ないとしても、重要な論述において典拠が記されていないのはたいへん残念です。書かれた説の論拠となった資料は何であったか、手がかりが失われたいま、誰もわかりません。当時、日本棋院の棋士理事が囲碁史研究の重要性を認識していたなら、多少の対価を払っても林氏資料を譲り受けるべきだったと、水口さんと話しました。

その後も水口さんとお会いすることが時々あり、囲碁史について色々と教えていただきました。織田信長が碁を打ったかどうか、ということも話題になりました。

冒頭は水口さんの著書『囲碁の文化誌』(日本棋院スーパーブックス)の一項「34 織田信長は碁を打ったか」から引用。続いてつぎのように結ばれています。

    この寺誌は昭和12年(1937、三十代日心)の記述ですが、その内容の真実性は何とも判断いたしかねます。

寂光寺は囲碁の本因坊発祥の地として、400年にわたって知られてきた古刹。その寺の住職による記述で、信長の死後350年を経ているのですから、この話が史実として信頼できないのは当然です。

然るべき地位にある人が書いたものでも、その背後にどのような情況があるかを吟味することなく、内容を安直に信じてはいけないとしたものでしょう。

    前述のエピソードは信長が囲碁に関心を持っていたことを示しますが、例えば『信長公記』などの正史には信長と囲碁の接点は見当たりません。

『囲碁研究』2007年9月号に水口さんはこう書いています。「前述」は寂光寺誌の記述などです。

「関心を持っていた」と言葉を選んでいる水口さんが、「私も、信長は碁を打たなかったと思います」と言っていたのを思い出しました。

(続く)

【筆者注】 「正史」は正しい歴史という意味でなく、時の政権が編纂した正式の歴史書をいいます。日本の正史とされるのは『日本書紀』(720年完成)から『日本三代実録』(901〃)まで続く六国史(りっこくし)。『吾妻鏡』も鎌倉幕府の正史と呼ばれます。信長の側近だった太田牛一が著した『信長公記』(1605頃〃)は信頼できる第一級の史料ですが、正史とは言われません。

(2007年10月発表作品)

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