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トップページ > エンターテイメント > はじめての碁会所 > 第20回「志は高くあれ」

ネットで世界中の囲碁ファンと対局 はじめての碁会所

碁で人と文化を知る

はるかな昔から人の生活と囲碁が深く関わっている。興味深い知恵と歴史を紹介。
(毎月月末頃更新)

「志は高くあれ」

 

謹賀新年 碁界の新春は棋聖戦の季節です。第32期棋聖戦は1月12、13日にブラジル・サンパウロで開幕。三連覇を目指す山下敬吾棋聖(29)に挑戦するのは趙治勲十段(51)、「七番勝負の鬼」と呼ばれた実績随一の大棋士です。

毎年、棋聖戦七番勝負を迎えると、私が棋士になる前のことを思い出します。棋聖戦の創設があの年でなかったら、私は別の道を歩いていたのです。

32年前、新年を迎えた私は特別な思いを胸に秘めていました。前年の暮れに決意したことの実行です。3月末に会社(三菱レイヨン)を辞職し、夏には日本棋院棋士採用試験に挑戦する。

大学卒業と同時に結婚し、就職した会社。それを1年で辞めるとは考えていませんでした。将来の幹部候補として本社の中枢に配属され、仕事や上司に不満はなかったのですが……親にも相談せず、決心を伝えたのは妻だけでした。

昭和50(1975)年の暮れに二つのことが同時に起きました。そうでなかったら、私が棋士になることはありませんでした。

一つは会社で希望退職者の募集があったこと。原因は第一次オイルショックです。戦後の高度成長が終焉。原油価格の急騰に始まる経済混乱によって合繊・樹脂の会社は業績が悪化し、再建の長い道のりが始まろうとしていました。

ちょうどその時です。12月10日「囲碁名人戦訴訟の和解」が報じられ、名人戦の朝日新聞移行が決定。同時に読売新聞が棋聖戦を創設すると発表されたのでした。それまで最高額であった名人戦のスポンサー料が一挙に4倍近くアップし、契約金が1億円を超える棋戦が二つになりました。

大学3、4年の頃、私の棋力はプロ低段者とあまり違わないと思っていました。ですが、棋士になろうと考えたことはありませんでした。もし棋士になることができても、タイトルを争うトップ棋士以外は生活が容易でないと知っていたからです。

朝日と読売の間でもつれた名人戦問題の解決と同時に、囲碁界の高度成長が遅れてやって来たのでした。棋士になっても生活できそうだ。25歳以下の年齢制限があったので、棋士になるには今しかない、私はそう思いました。

会社を辞め、退路を断って臨むなら、若い院生たちに混じって戦う狭き門でも突破する自信がありました。そしてプロになれば、五段(高段者)にはなれると。

けっして甘く見ていませんでしたが、入段試験(その年は14名総当たりで無条件合格2名)は厳しいものでした。幸運に恵まれなければ1位合格(10勝3敗)はなかったでしょう。2位合格は後に本因坊を獲る王銘エン、当時14歳でした。

院生経験はなく、高校時代に本と棋譜並べで強くなった私は、プロともアマ強豪とも対戦経験が少なく、アマのタイトルも学生本因坊の他はありませんでした。ですから、プロ五段になれると思うことすら不遜と言われかねません。

でも、それではいけなかったのです。

その道に進むからには、どんなに遅いスタートでも、頂上を見て努力しなければいけません。棋聖、名人、本因坊を目指すのでなければ。まず五段になってから、では……そこまでになってしまうのでした。

(2008年1月発表作品)

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