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トップページ > エンターテイメント > はじめての碁会所 > 第24回「琉球の碁(3)」

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碁で人と文化を知る

はるかな昔から人の生活と囲碁が深く関わっている。興味深い知恵と歴史を紹介。
(毎月月末頃更新)

「琉球の碁(3)」

 

徳川家康の許可を得た薩摩藩は慶長14(1609)年に琉球を侵略しました。

『琉球・沖縄受難史』(熊谷直/新人物往来社1993)によると、「琉球征討の目的は」 (1)関ヶ原で徳川に敵対した島津家は取り潰しを避けるために、幕府に非礼を働いた(漂着した琉球船を送り返した幕府・島津に返礼なし)琉球を討つことで幕府に対する忠誠を示す (2)薩摩藩の実力を示して幕府を牽制 (3)琉球を拠点とする南方貿易によって財政改善に役立てる 「このようなところであろう」。

百隻の船に乗った三千人の兵が沖縄本島北部(運天港)に上陸し、半月後には首里城の攻撃を開始。抵抗する力のない琉球王府は二日で降伏し、王の尚寧が薩摩に連行されました。尚寧は島津家久に詫び、さらに江戸に上(のぼ)って、二代将軍秀忠に臣従の礼をとりました。数々の誓約をさせられた尚寧が琉球に帰されたのは二年後でした。

以後、明治5(1872)年に政府直轄の琉球藩になるまで、琉球は薩摩藩が支配する保護国のような存在となりました(中国に朝貢を続けることを薩摩藩は承知していた)。年貢を薩摩に毎年納め、幕府将軍が代わると「慶賀使」、琉球国王が代わるたびに「謝恩使」を使わすことが義務となったのです。

これは「江戸上り」と呼ばれ、琉球と江戸の往復に1年前後を要した一大事業でした。百人前後の使節に薩摩藩主、薩摩の家臣らが加わって千人を超える大行列です。中国風の衣装で、楽器を演奏しながら歩く賑やかな行列。朝鮮通信使と同様に、沿道の人々を楽しませた江戸上りは、1634年から1850年まで200年余の間に18回行われました。

江戸上りの使節に琉球の碁打ちが加えられたことがあり、囲碁史では3回について伝えられています。最初は天和2(1682)年、将軍家綱・就位慶賀の江戸上りに随行した濱比賀親雲上(はまひがぺーちん)と4世本因坊道策の対局。よく知られています。『道策全集』(日本棋院1991)「道策の生涯と事績」(中山典之)より。

    濱比賀は四子も置いたのに14目の大敗を喫してビックリ仰天。もう一局教えていただきたいと所望した。道策は快諾して直ちに打ち始めたが、今度は黒が3目勝ち。この国際試合は1勝1敗の打ち分けとなった。
    (濱比賀は)名人碁所である道策の免状を得て帰国の土産にしたいと思い、薩摩藩に依頼して道策に乞うところとなった。
    道策もまた快諾し、上手(じょうず=七段)に対して二子の手合、すなわち三段の免状を与えている。免状は全文漢文を使用し、林大学頭の門人、菊池道印が作った文で、道策の直筆であるという。

琉球一の打ち手という濱比賀との手合を道策が四子としたのはなぜか。道策の門下で学んだ齋藤道暦六段と西俣因悦五段が薩摩藩のお抱え棋士になっており、濱比賀の棋力がわかっていたためといわれています。

『比嘉春潮全集 第5巻』の「沖縄の囲碁の歴史」で比嘉春潮(1883-1977)は、「島津氏もまた、江戸上りなどの機会に、附庸国琉球の文化を誇示する手段の一つとしたかに見える」と書いています。

(続く)

(2008年5月発表作品)

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