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日本列島の原住民であった縄文人は、進んだ文化をもって大陸から渡来してきた弥生人によって辺境に追いやられたのです。その縄文人の血を今も受け継いでいる人々が北海道のアイヌと沖縄人であると広く知られてきました。
従来の日本政府はアイヌを先住民と明確に認めてきませんでしたが、6月6日に衆参両院が「アイヌ民族を先住民とすることを求める決議」を全会一致で採択。日本人は単一民族であるという考えの正しくないことが公式に認められました。
では、沖縄人は先住民でないのか?そう、先住民ではないらしいのです。
新しい学説では、現在の沖縄人は本土や沖縄にいた原住民の子孫ではないということです。気鋭の琉球史研究者、上里隆史(1976〜)のブログから。
最近の形質人類学や遺伝学の研究では、全くちがう説が出されてきています。沖縄人はアイヌ人とは全く別の系統で、さらに縄文人ともほとんど関係がないという衝撃の結果です。では沖縄人はどこの系統か。何と、本土日本人の系統だというのです。そんなバカな!と思う方もいるかもしれません。
琉球史でグスク(城)時代と呼ばれる12〜15世紀の人々が「現在の沖縄人の直接的な先祖といわれ」「この時代になって沖縄人の人骨の形質が劇的に変わり」「中世日本人の形質とほとんど変わらなくなってくる」と上里。その前の貝塚時代の人々は縄文人と若干似ていても、縄文人とは別の「南島人」とされています。
ヤマト(日本)の薩摩から島づたいに渡って行った人々が琉球を支配するようになったとすると、中世(鎌倉・室町時代)には庶民に広まっていた囲碁が琉球でも打たれていたことに何の不思議もありません。琉球の碁の打ち方は古くから日本と同じであり、中国式や朝鮮式でなかった理由もわかりました。
「沖縄の囲碁の歴史」を書いた比嘉春潮(1883-1977 歴史学者)は「沖縄民族の歴史」を沖縄タイムスに連載し、『沖縄の歴史』という本になりました。題名を変えたのは「沖縄民族という民族はない」「日本民族の中の沖縄人たちだから、民族という言葉は取ったほうがいい」と知人に言われたためと比嘉は書いています。
沖縄人は縄文人やアイヌ人とは異なっていても、「本土の日本人と全く同じということではなくて」「東南アジア方面の形質も見られ、遺伝的にも南アジアからの遺伝子が沖縄人にある」「沖縄人の形質は本土日本人をベースに様々な地域の人々の特徴も見られるということです」と上里は記しています。
沖縄人ばかりでなく日本民族がもつ遺伝子の多くは弥生人から受け継いだものですが、
縄文人のほか北方系や南方系、中国系の遺伝子も混じり合っています。
日本の文化もまた、異なる様々な民族の文化が伝わり、混じり合ってきた結果です。同じであること、一つであることは良いことでないでしょう。それぞれが違うことを大切に思い、互いに尊重し合う社会であってほしいものです。
互いに異なる人と人。その交流に手談、碁はこれからも役立つでしょう。
(続く)
(2008年7月発表作品)
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