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![]() 桜のさまざまな姿を表現する「大くに」の和菓子には、職人の感性がふんだんに盛り込まれている。左はふっくらとした蕾、右は少し葉が出てきている散り際の花、奥は満開の桜
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千年の昔、日本人にとっての菓子は、自然の賜物である木の実や草の実のことだったという。つまり菓子は果物を意味し、その訓は『くだもの』と読まれていた。今でいう餅や飴などは、菓子とは呼ばれていなかったのだ。菓子が『果物』から『菓子』に至る歴史を、ちょっとひもといてみよう。
和菓子の歴史は、平安時代の初期にまで遡る。いわゆる「唐菓子」といわれるもので、遣唐使によって伝えられた。それまでの木の実や果実と区別するため、「からくだもの」と称され、源氏物語や枕草子にも『粉熟(ふづく)』や『餅餤(へいたん)』として登場するほど宮廷の女房たちをすっかり虜にしたという。
一口に茶菓子といわれるものは、そもそも良薬として用いられていた。菓子とのつながりはなく室町時代でも菓子は点心。お茶を飲みながら食べるのは月餅や煎り豆、焼売などであった。やがて茶道の発展とともに茶に調和した風雅を身につけ、京都という雅な風土の中で磨かれていくのである。
![]() 桜の薯蕷(じょうよ)饅頭。上生菓子の一種で高級な蒸し饅頭のこと。桜の塩漬けが餡の甘みとマッチ
![]() 桜の花が散り、花びらが川に流れていく様子が表現された「花いかだ」は、求肥のやわらかな食感がたまらない |
さて、和菓子を育てたのは、茶人、宮廷、寺社の御三家。つまり和菓子は、ある意味で上から下へおりてきたもの。上からおりてきたものは少々堅苦しいのが難点だが、和菓子も例外ではなく、「五感で味わう芸術」と言われていた。その美しい形に表現された季節を目で味わい、梅の香りや桜餅を包む葉の移り香を楽しみ、素材の味をかみしめ、舌の上で溶けてゆく感触を愛おしみ、銘の響きに日本の美しい情景をイメージするのである。もっとも、雅を旨とする京都に比べ、鎌倉は武家の町ゆえ、いくらか庶民的だったとか。
当時の武家の町並みを色濃く残す鎌倉の地には、今でも数多くの和菓子店が軒を連ね、雅な味を求めに来た人々で賑わっている。どこも昔ながらの技術や伝統を貫き、その店の味を守っているのだ。
さっそく、四季折々の花に彩られる古都鎌倉に春の和菓子を探しに出かけた。やわらかな陽射しが注ぐ鎌倉には、梅、桃、桜と和菓子の中にも春の花が満開だった
![]() 作ってもらったのは「満開の桜」。三角棒を使って花びらの形を作る作業は均等に5弁にするのが難しいという
![]() 人差し指でそっと花びら部分を凹まし、押し棒で中央の花心を作る。職人の手の中で、早くも花がほころび始める
![]() 仕上げは黄色の餡を細かく裏ごしして花のしべを作り、楊枝ですくって花心にのせる。桃色の花に淡い黄色のしべがとても可愛らしい
![]() 熟練した職人の手にかかると、わずか数分で「満開の桜」が作業台の上に咲いた
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JR鎌倉駅に降り立ち、まず足を運んだのが三代続く和菓子の老舗「大くに」。ここには、命短い桜の花を、蕾から散り際まで表現した和菓子があると聞き、ぜひ訪れてみたかった店のひとつだ。
昔ながらの引き戸を開けて店内に入ると、懐かしいガラスのショーケースに豆大福やみたらしだんご、麩の饅頭など、毎日の茶菓子にぴったりの和菓子がずらりと並ぶ。老舗と聞いていたので、緊張した面もちで訪れたのだが、敷居の高さをまったく感じさせない庶民的な雰囲気だった。店に入った途端、目に飛び込んできたのが、淡い淡い桃色をした和菓子の桜。
「何てかわいいんだろう」
と声をあげると、ご主人の山内行光さんが和菓子作りを見せてくれるというので、お言葉に甘えた。
「日本人は、四季の移ろいを和菓子に映して、日々の生活の中に自然を取り入れてきたんですよ。だから、和菓子というものは、見た目に美しくなければならない」
と、山内さん。さっそく和菓子の桜に託された「春」を鑑賞させてもらうことにした。
見せてもらったのは、煉ねりきり切の桜の製作工程。煉切とは上生菓子、つまり上等の生菓子の一種で、ベースとなるのは白こし餡。そこに食用色素を加えて黄や緑などの煉切を作り、四季折々の花々や風物を繊細に映し取るのだ。
「和菓子は季節を先取って作るものなんだけど、桜の場合は花が咲いてから散るまでがあっという間なんだよね。だからうちでは、蕾、満開、散り際、散った花びらの4種類を作って、お客さんにちょっとでも長く桜を楽しんでもらおうと思っているんです」
さっきまでの白と桃色とこし餡の丸い練りが、職人の手の中で見る間に桜に変身していく。手のひらと指と、道具を使いこなす技はただ目を見張るばかりだ。
「ほら、かわいいでしょ」
出来上がったばかりの桜の和菓子を見て職人が言う。その言葉通り、食べてしまうのがもったいないくらい、作業台の上には、表情豊かな桜がほころんでいた。
「大くに」のある大町あたりは、かつて松葉ケ谷と呼ばれた場所で、ツツジで有名な安養院、鎌倉の苔寺といわれる妙法寺など、個性豊かな寺が数多く建つ。
その中で立ち寄ったのが安国論寺(あんこくろんじ)。建長5(1253)年、鎌倉に入った日蓮上人が最初に草庵を結び、本格的な布教を始めたと伝えられる。やがて鎌倉を追われる契機となった『立正安国論(りっしょうあんこくろん)』を著したのもここだという。
本堂の前には立正安国論を書いている姿をかたどった木造日蓮坐像を本尊とする御小庵があり、その傍らには日蓮の桜の杖が根付いたといわれる妙法桜があった。『市原虎尾(いちはらとらのお)』という珍しい山桜で、日蓮が安房の清澄山から持ってきたものとか。濃い桃色の花を咲かせる本堂前の海棠、山茶花(さざんか)とともに鎌倉の天然記念物に指定されている貴重なものだ。
境内右手の石段を登ると、日蓮が毎日富士山に向かって法華経をとなえたと伝えられる富士見台があり、富士や箱根が一望できる。
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和菓子 大くに |
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