
カイロ市内から車で南に下ること1時間。
茫漠とした砂漠の中に、突如、不思議な形の巨大な建造物が現われる。
エジプト最古のピラミッドである階段ピラミッドだ。
そしてこの地が、サッカラ。
古代エジプト第1王朝からローマ支配時代までの3000年以上もの間、
墓や神殿が造営された巨大なネクロポリス(ギリシャ語で「死者の都」の意味)である。 |
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ジェセル王(BC2668〜BC2649頃)の階段ピラミッドの周囲には、葬祭殿・神殿・それらに付属する建物跡があり、ピラミッド・コンプレックス(複合体)と呼ばれている。南西の壁は、王位の象徴であるコブラの彫刻が施され、壁の東側には王が二度目の戴冠式を行なったセドの祭殿がある。北側の建物には、BC12年にテーベから来た観光客が書いた世界最古の「落書き」が残る。砂漠の上にたたずんでいる階段ピラミッドの姿には、郷愁にも似た気持ちを掻きたてられる。 |
サッカラはピラミッド発祥の地
古代エジプト史はマケドニア王家の支配によるプトレマイオス王朝(BC332〜)が始まるまで、古王国時代、中王国時代、新王国時代と大きく分けられる。ギリシャの歴史家ヘロドトス(BC484〜430頃)は、著書『歴史』において「BC3000年頃、ミン王がエジプトを統一し、首都をメンフィスに定めた」と記述しており、これが古代エジプト王朝の始まりとされている。長い間、ミン王=第1王朝の初代王・ナルメルと考えられていたが、近年ではサッカラの大王墓を造営した次王・アハという説が有力となっている。ナルメル王やアハ王が在位した初期王朝時代(BC3100頃〜2686頃)の遺跡はほとんど残っていない。しかし、その次の古王国時代(BC2686頃〜2181頃)に建造された世界遺産にも指定されているギザの3大ピラミッドやスフィンクスはあまりにも有名だ。
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残念なことに当時、首都があったメンフィスは、破損が進んで広大な廃墟跡となってしまった。一方「死者の都」だったサッカラには、階段ピラミッドをはじめ、数多くのマスタバ墳が残り、その壁画からは、当時の人々の生き生きとした姿を知ることができる。
2003年には、ヴァーセル・ドブレヴ氏が率いるフランス発掘隊が第6王朝のペピ1世の葬祭殿に神官ハウネフェーの墓等を発見し、さらに注目が集まっている。
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