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| マスタバ/ごく初期には日乾しレンガで作られたが、やがて石造りになった | |
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| 階段ピラミッド/エジプト最古のピラミッド。石材が全面に使用された最初の大型建築。マスタバ墳として建造が開始されたが、のちに幾度かの設計変更をへて、6段の階段状になった | |
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| 崩れピラミッド/第3王朝フニ王が建造。傾斜角度が51.5度ある二等辺三角形の真正ピラミッドだったが、表面は崩れ落ちてしまった |
サッカラに階段ピラミッドが造営された古王国時代は、ピラミッド建設が最も盛んだった。ピラミッドに関しては、ヘロドトスが 紀元前に“地元の人に聞いた”という「王の墓説」が2000年以上も信じられていたが、20世紀に入ってからは、ナイル川の氾濫時期に仕事がない農民たちを救済するために行われた公共事業だったという説が浮上している。
謎に包まれているピラミッドだが、当然のことながら、突然できたものではない。
ピラミッドの原型といわれるのが、初代王朝時代に出現した墳墓「マスタバ」だ。アラビア語で「屋外のベンチ」という意味で、主にファラオや貴族を埋葬するために作られた。ベンチ形の建物の下に竪穴を掘り、地下の部屋を作ってミイラを埋葬した。地上の建物には、死者の像を安置する「セルダブ」(アラビア語で「地下室」の意味)と呼ばれる部屋や、あの世とこの世を行き来する「偽扉」などがある。
ジョセル王の階段ピラミッドは、石造りのマスタバの上にさらにマスタバを重ねてゆくことによって、6段のピラミッドを築いた。さらに周囲を高さ10mの壁で囲い、葬祭殿、セルタブ、祭殿柱廊などを造っており、これらを総称してピラミッド・コンプレックス(複合体)という。この階段ピラミッドを建築したのは宰相イムホテプという人で、後世、神格化されて医術・建築などを司る神の1人となった。
その後、メイドゥムにあるフニ王の崩れピラミッド、ダハシュールにあるスネフル王の屈折ピラミッドなどを経て、階段ピラミッドから約100年後には、美しくなめらかな側面のギザの3大ピラミッドができた。こうして並べてみると当時の建設技術が着々と進化していったこと、国力が大きく、安定していたことがよくわかる。
しかしそれ以降、ピラミッドはだんだんと小さくなり、第6王朝時代には、ついに中止になってしまった。その理由は明らかになっておらず、現在エジプトには100基近いピラミッドが謎のまま、残されている。
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| 屈折ピラミッド(左)と赤ピラミッド(右)/第4王朝スネフル王はひとりで2つのピラミッドを作った。ヘロドトスの「ピラミッド王墓説」は、このように1人の王が複数のピラミッドを作ったことで覆った | 真正ピラミッド/ピラミッド事業の集大成といえるギザにある3大ピラミッド。一番大きいのが建設当時は146mの高さがあったクフ王、続いてカウラー王のピラミッド、一番小さいのがメンカウラー王のピラミッドである | |||
![]() カイロ市内には、由緒と格式を誇る高級ホテルが多数あるが、その中でも、ギザのピラミッドに一番近い〈ザ・メナハウス・オベロイ〉は、由緒・格式とも群を抜く。 |
| 初期王朝時代(BC3100頃〜BC2686頃) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 古王国時代(BC2686頃〜BC2181頃) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
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| 第1中間期(BC2181頃〜BC2040頃) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 中王国時代(BC2040頃〜BC1750頃) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 第2中間期(BC1750頃〜BC1550頃) | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 新王国時代(BC1550頃〜BC1069頃) |
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