
5000年前のエジプト人は、どんな生活を営んでいた? |
墓の壁画にみる楽観的なあの世
| テティのマスタバ壁画/第5王朝末期の身分の高い人物であり、王の娘を妻としていたテティの墓は、階段ピラミッドの北西700mの場所にある。壁の色彩リーフレットは、繊細で美術水準が高く、古代エジプト人の生活が最も見事に描かれている |
サッカラは「死者の都」だ。その響きから、暗くて恐ろしげなイメージを持つ人がいるとしたら、それは違う。まずは、古代エジプト人の死生観を考えてみよう。
3000年もの歴史を通して、彼らが一貫して信じ続けたことは、死は終わりではなく、次の世界の始まりということ。時代によって信仰神の変遷はあるが、人生を楽しみ、華やかなことが好きだったエジプト人は、あの世でも現世を再生できるように、永遠の家となる墓をできるだけ住み良い場所にしようと一生懸命だった。
サッカラのマスタバ墳は、外観は崩れそうなものも多いが、その中に入ると、驚くほど鮮やかな壁画が保存されている。共通しているのは、神々や王の姿だけではなく、王の家族や貴族、庶民の生活の様子、パンやビールづくりをしている姿が見られることだ。あの世で生活するために必要なものすべてを墓の中に運び込むのは無理なので、古代エジプト人は、壁に日常生活を表わす絵を描いたり、模型を作ったりした。祈祷することによりそれらは本物になると信じていたようだ。
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ウナス王とテティ王のピラミッド/玄室内部の天井には星のレリーフ、壁にはピラミッドテキストが描かれている。現在見学できるのはテティ王の方のみ |
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メレルカのマスタバ壁画/サッカラで最も大きなマスタバは、第6王朝テティ王の時代に活躍した政府の高官メレルカの墓。王族や貴族の間では、人気のスポーツだったナイル川でのカバ狩りが描かれている |
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テティ王のピラミッド壁画/第6王朝のテティ王(BC2300頃)のピラミッドは、もとは52mあったが、今は20mほどの高さ。外観は単なる瓦礫の山にしか見えないが、中に入ると、美しい壁画が描かれている |
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テティのマスタバ壁画/供物を運ぶ女性たちが描かれている |
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また、ウナス王の墓とテティ王の墓には、ピラミッドテキストと呼ばれる世界最古の文書が書き込まれている。これには、「食人賛歌」という、王が神々の呪術を食べ、霊魂を食べる姿を描写したことで有名な約800の呪文や言辞が書かれている。ピラミッドテキストはやがて後の新王国時代になると死者があの世へ旅立つ前に受けなければならない「最後の審判」で有名な「死者の書」に発展する。
古王国時代には、幾何学や神官文字が発達し、太陽暦も採用されていた。つまり、この時代は後の新王国時代(BC1550頃〜BC1069頃)に一気に開花するエジプト文明の礎となったのだ。
広大な砂漠に覆われたサッカラには、まだまだ未発掘の遺跡が無数に埋もれているといわれている。もし、エジプトを旅するならば、古代エジプト人の息吹を肌で感じることができるサッカラをぜひ訪れて欲しい。 |
| エジプト史 豆ウンチク |
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ツタンカーメンが生きた時代 新王国時代とは? |
18歳という若さで亡くなったツタンカーメン王や、古代エジプトのナポレオンと称えられるトトメス3世。これらの王が活躍したのは、古王国時代から約1000年後に始まる新王国時代(BC1550頃〜BC1069頃)。
領土はリビアからパレスチナに広がり、エジプトの国力が最も強かった時代とされている。新王国時代にも、壁画は数多く残されている。古王国時代に玄室に書かれた「ピラミッドテキスト」は、新王国時代以降、パピルスの巻物に記されて副葬された「死者の書」へと変化していった。
写真はラムセス6世(BC1143頃〜BC1136頃)の玄室に描かれた天上画で、背中合わせの天空の女神ヌートと太陽神の昼夜の航海を示す『昼の書』と『夜の書』。 |